『愛のコリーダ』は1976年のカンヌ映画祭の監督週間に出品されている。「わりと小さい劇場で上映されて。わたしも監督と拝見していたんですが、上映の途中で席を蹴って立つ人が次々といました。それは人それぞれですから。ああ去って行く人がいるなという感じでした。でも上映が終わって明かりがついたら正反対に座っていた大島渚さんに抱きついておめでとうと言う人たちもいたんです」と当時を述懐。その後、別作品でカンヌ映画祭に出席したという藤は「その時にも『愛のコリーダ』が上映されていて。記者の方に『なんでいつまでも上映されているんですかね』と聞かれて。『分かりません』と。ただたぶんプラスとマイナスの力が引き合って、浮きもしない、あがりもしないでずっと同じところにいるんじゃないですかねとは言いました」と付け加えた。

本作はふたりが宿泊する宿を中心に、密室での物語が展開されているが、一カ所だけ、外出した吉蔵が軍隊とすれ違うシーンがあり、そこで本作の時代背景が明らかになるという効果をもたらしていた。「あのシーンは、実は撮影の途中で、大島さんが『藤さん、あのシーンをわたしはカットしようかと思うんだけど、どう思いますか?』と聞かれたことがあって。わたしはあのカットがあったから出ようと思ったところがあるんです。わたしはイエスかノーかで言ったらノーと答えますといった記憶があります」と意外な事実を明かし、ふたたび驚いた黒沢監督。「阿部定事件を知っている方なら時代は分かるかもしれませんが、ほとんど時代が分からないような撮られ方をしている映画。あそこで吉蔵の置かれている立場が鮮明に分かる瞬間ですよね。あの時の表情があって。あのあたりから一気にすべてが変わっていく感じが強烈だったんですが……ある種のわかりやすさに懐疑的になったのかしら」と首をかしげる黒沢監督に、「わたしも分かりません」と笑う藤だった。

そんな藤と黒沢監督とは、2003年の映画『アカルイミライ』でタッグを組んでいるが、実は両者をつなげるきっかけとなったのも『愛のコリーダ』だったのだという。『アカルイミライ』の配給を手がけたアップリンクが、実はリバイバル上映となる『愛のコリーダ2000』の宣伝を手がけていたという縁もあり、宣伝活動時に出会った藤の人柄にほれ込んだプロデューサーが「藤さんにお願いするべきだ」と進言したことがあったのだという。その言葉に「まさか?」と半信半疑だったという黒沢監督だったが、結果オファーを受けてくれることとなった。

そんなふたりだが、「兄弟に間違えられるんですよ。カンヌを歩いていると、『ミスタークロサワ。サインをください』と言われるんですよ。そんなに似てますか?」と藤が付け加えるなど、終始なごやかな内容となった本トークショー。PFFの荒木啓子ディレクターも「これは『アカルイミライ』の上映会をやらないといけませんね」と新たなプログラムの実現に意欲的な姿勢を見せた。

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