この度、初公開より10周年を機に『セッション』が再び公開されることに寄せて、 デイミアン・チャゼル監督が今の想いを語る、日本の観客へのメッセージ映像が到着!
今では有名監督のデイミアン・チャゼルにとって、2014年に発表した『セッション』は、超低予算の初長編映画で、撮影当時は28歳の全くの無名監督だった。しかし、若干28歳の天才が生んだ作品に世界は注目し、チャゼルを輝かしい成功へと導いた伝説的な大出世作となった。
実は、本作はチャゼルの自伝的な物語。音楽の才能に恵まれたチャゼルは、ニュージャージー州プリンストン高校で、バンドのジャズドラマーとして活躍したが、バンドの指揮を務める厳しい指導者のもとで苦悩の日々を送ったのだ。当時はドラムを叩くことが人生だったというチャゼルは、「いつも怒鳴られるのではないかとビクビクしていた。初めて買ったドラムをイライラして殴り壊したことをはっきりと思い出す」と語っていた。その後ハーバード大学で専攻した映画の道へと進むが、高校卒業から10年経っても当時の悪夢に襲われ、そのトラウマがアイディアとなり『セッション』は誕生した。チャゼルによれば、「これは音楽の苦悩と恐怖を描いた映画」。
『セッション』は、チャゼルがニーマン役に熱望したマイルズ・テラーのスケジュールに合わせ、たったの19日間で撮影された。キャストもスタッフも1日18時間働き、マイルズにはドラム演奏の個人レッスンを受けてもらう必要もあった。150枚ものストーリーボードを描き、1日100か所以上のカメラ位置で撮影し、セットは狂ったような速度で進行した。撮影第3週目には、なんとチャゼル自身が交通事故に遭うという大きなトラブルが起こり、車は大破、脳しんとうの疑いで病院に担ぎ込まれたが、驚くことに翌朝には撮影現場に復帰した。まるで『セッション』さながらの撮影当時を振りかえり、「たとえ大怪我をしてもゆっくり休む暇はなかった。最高のものが得られるか、最悪な結果に陥るか、毎日その二つの間を綱渡りしているような状況だった」と初公開時のインタビューで語っている。
メッセージ映像はこちら https://youtu.be/vXPOKG59X4w