<原作者:薬丸岳 コメント>

この度、自著『怪物の祈り』が映画化されることになり、子供の頃からの大の映画好きとしてこの上ない喜びを感じています。
3年前に本作を刊行した際に「僕の作品の中で最も重く苦しい物語です。どうか覚悟してお読みください」とコメントを綴りましたが、その思いは今でも変わっていません。
娘を殺した死刑囚に真の絶望を与えるために教誨師として対峙するという何とも苛烈な設定の物語であり、この作品を映像化する過程においても、また俳優さんたちが生身の身体を使って作中に登場する難役を演じることも、相当な覚悟を強いられるものではなかったかと想像します。
実際、撮影を見学させていただいたときに俳優さんたちの演技をはじめ現場の気迫と熱気に圧倒され、同時に「ものすごい映画になりそうだ」と胸が高鳴りました。
暗闇の大きなスクリーンで映画『怪物の祈り』を堪能するのを心から楽しみにしています。

<脚本・監督:関根光才 コメント>

娘を殺した死刑囚は、自ら死を願っていた。
ならば、死よりもなお深淵なる復讐とは、一体何なのか——。

薬丸岳先生が本作で描かれた、この壮絶な復讐と人間愛の物語には、現代において、人間という存在をあらためて見つめ直そうとする力強い眼差しがありました。
単なる感動やカタルシスを超えて、人間の奥底にあるものへと踏み込んでいく、愛憎の極限の姿を見るような思いでおりました。

だからこそ、この作品を映画化するということには、大きな覚悟が必要でした。多層的な物語を脚本へ落とし込み、苛烈な感情を抱えた人物たちを俳優に生きてもらうこと。その過程には、幾重もの困難がありました。それでも、この映画がこれからの時代に持ちうる意味に深く共鳴してくださった、素晴らしい俳優陣、そしてスタッフの皆さんと共に、限界の隘路を縫いながら、ようやく完成の瞬間へ辿り着こうとしています。観終えた後、言葉にできない何かが、観客一人ひとりの中に残り続ける作品になると信じています。ぜひ、公開を楽しみにお待ちください。

<企画・プロデューサー:池田史嗣 コメント>

“復讐”についての物語は古今東西、山ほど存在します。ですが本作のように“凶悪な死刑囚に生きる希望を与えること
こそが最大の復讐である“という設定の物語は見たことも聞いたこともありません。3年前、とある書店でこの原作を手に取った時の戦慄、そして読み終えた後、この類稀な小説で展開される極限のヒューマンサスペンスを映像化するのは「映画」でしか出来ないことだ、と強く思ったことを覚えています。

直ぐに企画を立て、これをやれるのはこの人しかいないと確信していた関根光才監督にオファーし、薬丸先生の許諾を経て製作に至るまでの間、お二人と様々な議論を深め、今回の映画化、そして文庫化に当たって、本作自体のタイトルを改題し『怪物の祈り』とすることで一致しました。“怪物”という言葉は哲学者ニーチェの〈怪物と向き合う者は、自らも怪物にならぬよう注意せよ。深淵を覗く時、深淵もまた汝を覗いているのだ(『善悪の彼岸』146節>という有名な一節からの引用です。

作中で浮かび上がる“怪物”とは、果たして何を指すのか―――
映画の詳報はまだ少し先になりますが、圧倒的に信頼できる俳優たち、そしてまだ誰も気付いていない新しい才能たち、参加してくれたチーム全員が人生を賭けて挑んでくれた作品です。目指したのは、誰もが自分事として没入せざるを得ない究極の心理エンタテインメント。どうぞご期待くださいませ。

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