まわりからの反応について聞かれると竹野内は「すごく素晴らしかったよという声が届いていて、まだ具体的には聞けてないんですけど(笑)皆さん観る前だからあまりお話できませんが一つだけ、この映画を観て“助け舟”という言葉の真の意味を感じまして。本当の意味での“助け舟”をたくさんの方が求めている時代にこの作品を作れて良かったなと思います。」と話し、奥平は「歳が上の方が観てくださって感想をいただいて、今までの戦争映画と違って新しい発見があったという感想をいっぱいいただき、自分のSNSなどでもコメントが届いたりしています。」と話した。

そして、田中は「私は福岡県出身で、キャンペーンでも福岡に行かせていただいたのですが、福岡の親戚からお客さんたくさん入っていたよとか、小学生が真剣に観ていたよと教えもらってそれがすごく嬉しかったですね。小学生から観られる戦争映画って中々ないと思いますので、制作の想いが伝わったんだなと思って。」と喜びの表情を見せた。
イベントでは、10代で駆逐艦「初霜」に電信員として乗艦していた故・今井桂さんが本作へ感想をお寄せいただいた映像が投影された。
今井 桂 (いまい かつら)
大正15年1月21日生まれ
1945年、10代で駆逐艦「初霜」に電信員として乗艦。
3日後に「大和」の沖縄特攻(坊ノ岬海戦)に出撃し、激戦を潜り抜けて佐世保に帰還。
その後は宮崎の陸戦隊で終戦を迎えた。
2022年頃から映画『雪風 YUKIKAZE』のスタッフが当時のお話を伺わせて頂く。
2025年6月5日、映画『雪風 YUKIKAZE』を鑑賞。
同年6月30日に逝去。
(映画をご覧になって)
本日の映画を見せていただいて、
その迫力と偉大さに頭の中が真っ白になるほどの感激を致しました。
これを製作した方々に心から御礼を申し上げます。
(当時のこと)
私も通信室におりましたので、
密閉された部屋の中ですから外の一般の空気は全く分かりません。
ただ居住区から通信室に通う階段の内には
救助した中にはっきりと戦死したというのか負傷したのか、
そこの判別は私には分かりませんが、
通路にいくつかの死体といいますか人が横たわっているような状態は見ました。
大変激烈な戦闘でしたので、私自身も転倒して
何が何だか判断に苦しむような状態が続きました。
もう二度とこのような戦争は起こしたくはないと思います。