劇中、妹・理子の心の中の声がテロップで表現するのは監督によるアイデア。また、原作では回想シーンでしか登場しない兄を、劇中でどう扱うか悩んだ末、理子の頭の中だけに現れる存在として描くことで、脚本作業が一気に進んだという。兄の描写についてオダギリジョーは、「理子の回想と、理子のイメージの中でしか<兄>は出てこないので、演じるにあたって幅がありすぎて、逆に怖かったです。」と、演じる難しさを明かした。

これまで「家族」をテーマに作品を生み出してきた監督と、村井氏。監督は、「『兄の終い』を読んだ時に、残された人々が右往左往しながらも頑張って生きている姿に感銘を受けたんです。僕の作品も、“家族の死”を描いてはいますが、残された人々が死を受けてどう生きるか、ということを描いてきているので、そういう一生懸命生きている姿がちょっと滑稽でおかしくて、そういう方向性は、村井さんと似ている部分でもあるのかなと思います。」と語り、村井氏も、「監督も家族を描いてこられていると思うのですが、私も家族を描くことが多くて。なぜかというと、家族というものがよくわかっていないからなんです。『家族とは何か?』をずっと探っていて、そこが監督との共通点かもしれません。」と、共感を寄せた。

公開前の試写会で「家族について考えさせられた」という声が多く寄せられている本作。それにちなみに、心境の変化を尋ねられた三人。村井氏は、「映画の中で両親と兄と私、四人がスーパーに大集合するシーンを観た時に、『あぁ、こうやって集まることができるんだ』と、本来は無理なんですが映像の中で集まれたことで安心を感じました。今でも亡くなった両親のことを考えると、そのシーンが出てくるようになりました。」と、胸の内を語った。監督は、「何で家族の物語を撮っているかというと、村井さんと一緒で『家族とは何か』という答えがわからないからなんですが、今回だと村井家にとっての家族の形、前回だと『浅田家!』にとっての家族の形の答えはあると思っていて、でもそれって毎回違うんですよね。だからこそ、毎回新鮮です。」と、毎回撮るたびに心境の変化はあると語った。

最後にオダギリジョーが、「この作品を皆さまの愛情をもって、ぜひいろんな人に届けてください。」と呼びかけ、監督が、「映画って長い旅で、やっとここから皆さんに観てもらうために出航する感じです。皆さんはそれの最初のお客様です。皆さんで勢いよく広めていただけると幸せですし、5年振りに撮ったこの映画は自信作です。観て思ったことをお伝えいただけると嬉しいです。」と締めくくり、イベントは幕を閉じた。さらに同日、TOHO シネマズ日比谷で行われた中野量太監督によるティーチイン舞台挨拶に、オダギリジョーもサプライズで登壇!公開前の盛り上がりを一層高めるイベントとなった。

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