─ 監督が感じる、フジコさんのピアノの魅力はなんでしょうか?

フジコさんに限らずなんですが、一流のアーティストと呼ばれる人は、必ずその人にしかない魂の力を持っていると思うんです。例えばロックミュージシャンで言うと、忌野清志郎さんが「君が代」を歌うと、清志郎さんにしかできない「君が代」になる。でも紛れもない「君が代」なんですよね。

それと同じように、クラシックというのは昔の曲を演奏する。それもピアノという、アンプもない人間の体でしか表現できないことが、人の心に響き、涙させる。人間にしか出せない音楽というのは、楽器と人間とそれを聴く人がいて成立するものだと思いますが、その非常に原始的な、プリミティブな関係性が、フジコさんのようなピアニストの原点なのかなと思っています。

いわゆる譜面通りに正確に演奏するタイプの演奏家ではなくて、自分が理想とするムードと解釈で、これまでの人生をそのまま指先に込めるような演奏家なので、それが年齢ごとに進化して変わっていく。若い時よりも今の方が円熟していて、それに感動するお客さんが年間何万人もいるという事実。その事実に今度はフジコさんが勇気をもらうという、ファンとの愛の循環で成り立っているまったく現代的なアーティストなんだろうなと思っています。

(C)2024「恋するピアニスト フジコ・ヘミング」フィルムパートナーズ

─ 前作と比べて、フジコさんに変化はありましたか?

人として大きく進化していたように感じました。言葉がどんどん優しくなり、心が清らかになっている。前作の頃だとまだ人としてもシニカルに尖ったトゲの部分があったんですが、今作の撮影中では、人とはこうあるべき、幸せはこうあるべきだという理想を追求していて、自分の嫌いな所や失敗なんかも認めて、人間として磨いているのを感じました。毎日テレビから流れてくる戦争やいろいろな悲しいニュースに心を痛めて、自分に何ができるのかと、世界の平和を心の底から願っている人なんだなと。最後まで自分の夢や理想や美学を追い求めた人でした。

─ 素敵な生き方ですね

とても大変なことだと思います。それをするためには、辛い日も、眠たい日も練習しなければいけないし、ファンのことを考えて、いろんな演奏曲を変えたりしていただろうし。人前ではカッコ悪い所や弱々しい所を決して見せませんでした。幸せかどうかを僕らが測ることではないですけれども、とにかく一生懸命に生きた人だなと思います。

─ 映画の中でも、毎日3時間練習されているとありましたね

そうですね。時には一人で弾くのが楽しくなかった日もあったかもしれません(笑)。猫が聴いてくれてはいますが。たぶん表現者としての矜持なんだろうなと思います。1日休むと取り戻すのに3日かかるという話もあるじゃないですか。子どものときに決めたルールを頑なに守っている人なんだろうなと。

(C)2024「恋するピアニスト フジコ・ヘミング」フィルムパートナーズ

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