複雑な感情を抱えながら、それを容易には表に出そうとしない民恵。その役を演じるにあたり、黒木が大切にしたのは、感情をことさらに強調することではなかった。「民恵は重たいものを背負っていて、考えることの多い役でしたが、その中でできるだけ嘘のない感情でいられるように心がけていました。私は結婚をしたことも子どもを持った経験もないので、関連するドキュメンタリー番組を見たりしながら、できる限りの準備をしました」と振り返る。
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そんな黒木の芝居について、中島監督も前作『来る』からの大きな変化を感じていた。「お芝居の手の多さ、やれることの全部をやらず、むしろ引き算にしていくようなことがものすごく上手になっている」とその変貌ぶりに目を見張る。さらに、「佐竹と喫茶店で話しているときの迫力、目つき、空気感。その後の聡子とのシーンも、満島さんとのある種の勝負みたいなものが見られて面白かったです」と、感情を大きく表に出さずとも、佇まいや目線、空気そのものによって民恵の内面をにじませる黒木の演技を高く評価している。
その“引き算”の芝居が際立つ場面のひとつが、予告編でも印象的な聡子が民恵に新の引き取りを懇願するシーンだ。満島演じる聡子がなりふり構わず民恵を追いかける一方、黒木演じる民恵は歩調を乱さず、なおも食い下がる聡子を強い態度で拒絶する。

このシーンについて中島監督は、二人に「基本の距離感はあるけれど、それをキープする必要はないから、近づいたり離れたりしていい」と演出。二人の間合いが崩れるとき、振り向いた民恵の顔は影になっていて、それを見つめる聡子の顔は陽を受けている。きれいごとでは済まされないものを引き受ける民恵の佇まいが有無を言わせない気迫を帯びる。感情を前面に出して民恵に迫る聡子と、容易には本心を見せずに立ちはだかる民恵。満島と黒木、異なる表現を持つ二人が一対一でぶつかる、物語の重要な山場となっている。
『来る』から8年。再び中島組へ参加し、脚本第1稿の段階から中島監督と対話を重ねながら、単純な善悪では捉えきれない民恵という女性を作り上げた黒木。すべてを説明するのではなく、表情、視線、佇まいの中に相反する感情を宿す“引き算”の芝居が、観客に「もし自分だったら」と問いかける民恵という人物に、生々しいリアリティを与えている。