オーディションで恒那が主演を獲得するまで
─ ソヒ役はオーディションで決めたそうですが、まず恒那さんはなぜこのオーディションを受けようと思ったのでしょうか
恒那 実は母が応募したので、最初はなにも知らない状態で(笑)。オーディションに行くことになってから、朝鮮学校のお話だと知りました。
─ オーディションはどのような内容だったのでしょうか?
孫 一次のグループ面接でオーディションを受けにきている俳優さん達の人となりを知り、二次はお芝居。脚本から抽出したシーンを演じてもらいました。三次は朝鮮舞踊です。ソヒ役と未来役、両方のオーディションを行い、俳優同士の組み合わせも確認しました。
─ ソヒ役は在日の俳優さんに演じてもらおうと思っていたのでしょうか?
孫 ソヒは絶対に在日じゃなくてはいけないとは思っていませんでした。在日の俳優さんでぴったりな方がいたらいいな、とは思いましたが、日本人の俳優さんでも魅力的な方なら抜擢していたと思います。在日の俳優がソヒを演じたら説得力が出ますが、日本人俳優がソヒを演じたとしても意味あるものになりますから。
─ 恒那さんはオーディションを受けている時に手応えはありましたか?
恒那 一次の面接ではちゃんとお話しができたと思えず自信がなく、二次審査に呼ばれたときはびっくりしました。でも二次のお芝居でも緊張しすぎてセリフを全部飛ばしちゃったりして、あまりうまくいかなかったなと思っていたのですが、三次にも呼ばれて。朝鮮舞踊の審査では練習して臨んだのですが、緊張しちゃったのと、もともと踊りが得意じゃないこともあって……。
孫 踊り、苦手だったよね(笑)
恒那 はい。左手出してと言われて右手を出したり、前に進んでと言われているのに進めなかったり……。これは落ちたと思ったのですが、最後に孫監督に呼ばれて、「やる気があるのならソヒ役をお願いしたいです」と言われ「やります」と伝えました。

─ あまり悩まずに恒那さんに決めたんですね
孫 一次審査のときから、純粋に「撮りたい」と思ったんです。つい目がいってしまう魅力があり、「お芝居が良ければこの子がいい」と思いました。実際に演じてもらったら、悩んでいるシーンのお芝居など惹きつけられるものがありました。
ですが、朝鮮舞踊に関してはオーディション参加者の中でダントツに踊れなくて、ゼロどころかマイナスなくらいでした(笑)。それでも彼女に懸けようと思い、朝鮮舞踊の練習はしっかりしてもらいました。
恒那 1年間、週3日、2〜3時間やりました。最初は全然うまくいかなくて。
孫 「本当にちゃんと練習して形にしてくれないと撮影ができない」と話をしたんですよ。
─ 喝を入れたんですね
恒那 そのときに改めてちゃんとやろうと思って、それからは自分なりにですが頑張れたと思います。
孫 最初は、踊りの先生の動きとどこが違うのか気付けない状態だったんですよね。なので、大きな鏡を恒那さんの家に送って、お母さんに「動作の違いをチェックしてください」とお願いしました。
恒那 私も練習ノートを作り、踊りの先生に教えられたこと、自分の苦手なパートなど、感じたことを書き込んでいきました。
孫 かなり練習を積み重ねていたと思います。だんだん、自分がこの映画を背負っていくんだという気持ちが芽生えたようで、その頃から集中力があがって形になっていきました。頼もしかったです。
